私が剣道を始めたのは小学4年生の夏休みからでした。

私が剣道を始めたのは小学5年生の夏休みでした。

剣道を師に就いて習い始めたと言う意味では小学5年生の夏休みからでしたが、

父親が戦時中に剣術を身に着けていましたので基本的な手解きを小学4年生の頃から受けていました。

 

私の年齢は現在62歳ですので昭和39年の東京オリンピックが開催された年になります。

父親に手解きを受けたのは自宅の庭で、竹刀ではなく

山から切り出してきた樫の木で作った父親の特製の木刀で稽古をしていました。

専用の剣道着もなく、学校で着用していた白の運動服でした。

 

最初は正座から始めました。

家の廊下の板の間で目を閉じて5分ほど正座をするのですがその時間の長さと足の痺れは苦痛でした。

毎日ではなく日曜日の午前中だけでした。

 

始めたきっかけは、私から父に頼んだのではなく、

私が少し落ち着きのない性格の子供で母親が父に相談したことが所以でした。

頭ごなしに怒るよりは礼儀作法も身に着けられれば、

と言うのが母の狙いで父親もそれに乗ったかたちになりました。

 

1か月間(日曜日だけ)は正座だけで、その間に父は木刀を2本作りました。

正座も出来るだけ普段の生活の中で行うようにと言われていました。

木刀を渡され、持ち方と正眼の構えと上段からの振り方を教えてもらいました。

初めて持った木刀は冷たくずっしりと重く感じられました。

正眼に構え父と向き合うと緊張と無言ではありますが父の迫力からくる恐怖で足が震えたのを覚えています。

 

正眼に構えたままで足の動きを教えてもらいました。

右足を少しだけ前に出し、踵を紙1枚程度浮かせる。

左足は踵を浮かせてつま先立ちをする。

体重は少しだけ前方に移動して顎を引き、眼は相手の眼を中心に見つめる。

眼だけを見過ぎると他の動きを感じることが出来なくなるのでそこは練習で習得する、と言われた。

 

そんなことで父親が私の落ち着きのない性格を直すことが目的で剣道を始めさせました。

小学4年の夏ころから小学5年生の夏休み前までの1年間の修行でした。

小学5年生になりますと、通っていた小学校の近くに病院(内科・小児科)があり

そこの先生が剣道の道場を開くと言う噂が流れました。

父親も母親も掛かりつけの病院で、先生も勿論存じていました。

 

ある日、母親が病院に行き先生に会って噂の確認をしました。

病院の下に空き地があり、その土地を買ってそこに道場を建てるとの事でした。

土地は既に購入済みで道場も学校の夏休み前には完成するとの事でした。

母親は何の迷いもなく私のことを宜しくお願いしますと先生に頼んでしまいました。

私には相談はなく、頼んできたからね!でお仕舞でした。

 

予定通り7月の中旬には道場が完成しました。

道場の名前は、大活道場でした。

私の同級生も5人ほど入門しました。

8月の初め頃に道場開きを行いました。

普段は病院で白衣姿の先生しか見ていませんでしたが、

紺色の剣道着と防具を身に着けたその姿は威厳があり近寄り難いものがありました。

剣道の師は後にも先にもその先生1人です。

道場には約4年間在籍し、中学校での部活と高校の部活で合わせて8年の経験です。

 

剣道の試合にも数々参加をさせて頂きましたが、一番の思い出はやはり小学5年生の時です。

剣道を始めてから一番最初の試合が愛知県犬山市の犬山城の反対側にあります、

成田山(新勝寺の別院)での奉納試合でした。

相手は小学6年生でした。

主審の始め!と同時に面を打たれて1本勝負での敗北でした。僅か5秒の試合でした。

今でもその時の光景と相手の顔は覚えています。ほろ苦い経験でした。

 

剣道を通じて心身の鍛錬と礼儀作法の習得はその後の人生に大きく役立ったと思います。



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