私の人生をいろいろな意味で引っ張っている剣道修行

私は現在42歳で子供二人を持つ主婦です。

現在は残念ながら、稽古に励むことがなかなかできない状態ですが数年前から、

稽古がしたくてムズムズしています。

 

私には二つ年上の兄がいます。

私の母親は、男の子には剣道、女の子にはピアノを習わせる!

という確固たる夢があり、兄は6歳頃から地元の剣道教室へ通わされ始めました。

まだ小さかったため、母が道場への送り迎えをしていました。

自然と私もついていって兄の稽古の様子を待つ間見ていたのですが

その頃は小さすぎて何も感じませんでした。

 

結局兄はその後2、3年ほどそこで稽古を続けやめました。

が、数年後の中学入学と同時に剣道部へ入部しました。

中学へ入部すると兄はレギュラーになり試合出場するようになりました。

そうなると母親の応援に私もついて行きました。

そこで見た剣道が当時の私にはとてもカッコよく見えてしまい、

2年後私も同じ剣道部に入部することになりました。

 

しかし、その稽古がまあ厳しいの一言でした。

朝早くからの朝練に始まり放課後の稽古は外が暗くなるまで続きます。

小学生の頃ダラダラした生活をしていた私は入部3ヶ月のマラソン、

筋肉トレーニングなどの基礎練習だけで10キロ痩せました。

防具をつける前の練習でもそこまできつかったので、防具をつけるとどうなるのだろう。。

と恐怖でした。が、不思議と辞めようとは思いませんでした。

 

基礎練習3ヶ月の後はいよいよ防具をつけての稽古が始まりました。

防具は重く、それをつけて身軽に動き回らないといけなかったのは最初はかなりのきつさでした。

が、数ヶ月すると慣れてきて自然と打ち方も上手くなっていきます。

 

夏の暑い中、汗まみれになって練習し水も飲ませてもらえなかったり、

冬の寒い日に裸足で稽古し、しもやけを作りながら凍えて稽古していたことを今でも思い出しては、

本当によくやっていた!と自分をほめたくなります。

 

師匠の稽古方法もきつく、男女関係なく厳しい指導をされる毎日でした。

中でも一番の恐怖は掛かり稽古という、

上手に立っている先生や先輩にどんどん打ち込んでかかっていくという

終わりがいつなのかもわからない稽古があり、

これはマラソンのように持久力、精神力の限界を見る稽古でした。

気合が足りなかったり、先生方の言われた通りに打ち込めないと容赦ない”しごき”が待っています。

床に叩きつけられたり、背中を押されたりと中学生の私にとっては地獄絵図でした。

 

特に兄が2年先輩という私にとっては、兄が一番の恐怖でした。

稽古の途中、少しでもサボっていると、素早く見つけられボコボコにされる始末。。

本当に厳しい兄でした。

しかし、その厳しい稽古を乗り越えて上手に打撃ができた時、先生方に褒められた時、

更に試合で相手に勝った時の嬉しさは、今思い出しても胸がドキドキするくらいです。

練習した成果が目に見えることの意義を若い頃に知ることができたのは良かったと感じます。

 

その後、高校でも剣道を続け、2段に合格しました。

が、その後は稽古をすることがなく現在に至ります。

6年間の剣道生活ですが、この経験がないと今の私はもっと心身ともに弱い人間になっていました。

体力の限界を見ることができたのも大きいですが、限界を超えてもまだまだ私はできる!

と自分を奮い立たせる気力が培われたのは間違いないです。

 

あの時につけた体力や精神力は今の私に自信を与えてくれるし、支えてもくれます。

二人の子供にも是非剣道をさせたい!と考えています。

武道ほど、人と接する時の礼儀、相手を尊敬する心を教えることのできる競技はないのではないでしょうか。

 

私の主人も剣道をしていました。

高校の剣道部で出会い、色々経て15年後に結婚しました。

というわけで、私の人生を色々な意味で変えた、

というか開いてくれたのが剣道だった、というのが私の考えです。

剣道に携わることができて、私は幸せだと思います。

ちなみに兄は未だ剣道を続けています。

錬士6段を取得し更に稽古に邁進しています。そんな兄を誇りに思います。



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